毎晩、私たちは当たり前のように眠ります。

でも、考えてみると不思議です。眠っている間は食事もできず、周囲への注意も弱くなります。それなのに、人間だけでなく多くの動物が長い時間を睡眠に使っています。

なぜ、そこまでして眠る必要があるのでしょうか。

シンプルな答え

睡眠は、脳と体の機能を正常に保つために必要だからです。

眠っている間には、記憶や学習に関係する情報処理、免疫や代謝の調節、組織の維持・修復に関わる活動などが起こっています。

つまり、睡眠は単に活動を停止して体力を温存する時間ではありません。

ただし、「なぜ人間には睡眠が不可欠なのか」という問いについては、現在も研究が続いています。睡眠には複数の役割があり、そのすべてを一つの理由で説明できるわけではありません。

眠っている間、脳は休んでいるの?

眠っている人を見ると、脳も活動を停止しているように見えます。

しかし、実際にはそうではありません。

睡眠中の脳では、覚醒中とは異なるパターンの神経活動が起こっています。

睡眠は大きく分けると、次の2種類があります。

  • ノンレム睡眠: 浅い睡眠から深い睡眠までの段階があり、脳の電気活動や心拍、呼吸などが変化します。
  • レム睡眠: 脳が比較的活発に活動し、急速な眼球運動や筋肉の活動抑制などが見られます。

ノンレム睡眠はさらに3段階に分かれます。

睡眠段階主な特徴
ノンレム睡眠 N1覚醒から睡眠への移行段階
ノンレム睡眠 N2脳波に睡眠紡錘波などが現れる
ノンレム睡眠 N3徐波睡眠とも呼ばれる深い睡眠
レム睡眠脳活動が比較的活発で、鮮明な夢を見やすい

私たちは一晩中、同じ深さで眠っているわけではありません。

ノンレム睡眠とレム睡眠を繰り返しながら、朝を迎えます。

成人では一つの周期がおおむね80〜100分程度で、一晩に4〜6回ほど繰り返されます。ただし、個人差や一晩の中での変動があります。

参考:米国国立心肺血液研究所(NHLBI)「Sleep Phases and Stages」

睡眠にはどんな役割があるの?

1. 記憶や学習を支える

何かを勉強した後、しっかり眠ることが大切だと聞いたことはないでしょうか。

これは単なる経験則ではありません。

睡眠は、新しく学習した情報が長期的な記憶として定着する過程に関わっています。

例えば、日中に学習した内容に関連する神経活動が睡眠中に再び現れることがあります。

こうした活動は、記憶の固定化に関わる仕組みの一つと考えられています。

ただし、睡眠中にすべての記憶が自動的に保存されるわけではありません。記憶の種類によって睡眠との関係は異なり、ノンレム睡眠とレム睡眠の両方が学習や記憶に関わっています。

睡眠不足で集中力や記憶力が低下するのは、眠っている間の情報処理だけでなく、翌日の脳の働きにも影響するためです。

2. 体の維持や修復を支える

睡眠中には、心拍数や呼吸、体温、ホルモン分泌などが変化します。

特に深いノンレム睡眠では、一般に心拍や呼吸が遅くなり、成長ホルモンの分泌も睡眠と密接に関係しています。

成長ホルモンという名前から、子どもの身長を伸ばすためだけのものと思うかもしれません。

しかし、成人でもたんぱく質代謝や組織の維持などに関係しています。

睡眠は、子どもの成長だけでなく、大人の体を正常に保つためにも重要なのです。

ただし、睡眠中だけに修復が行われるわけではありません。体の維持・修復は起きている間にも継続しています。

3. 免疫機能を正常に保つ

十分に眠れなかった翌日、体調が悪くなった経験はないでしょうか。

睡眠は免疫系とも関係しています。

免疫細胞の活動や、炎症に関係する物質の働きは、睡眠と体内時計の影響を受けています。

睡眠が不足すると、感染症への抵抗力や免疫応答に悪影響が生じる可能性があります。

ただし、「一晩眠らないと必ず風邪をひく」というような単純な関係ではありません。

免疫系は睡眠だけでなく、栄養、年齢、健康状態などにも左右されます。

参考:NHLBI「Why Is Sleep Important?」

睡眠中に脳の老廃物が掃除されるって本当?

睡眠研究の中でも、近年注目されているのが脳内の物質の排出と睡眠の関係です。

脳では、神経細胞が活動する過程でさまざまな代謝産物が生じます。

こうした物質が脳の組織液や脳脊髄液の流れとともに移動・排出される仕組みの一つとして、グリンパティック系と呼ばれる経路が研究されています。

動物実験では、睡眠状態によって脳内の液体の動きや物質の排出が変化することが報告されています。

しかし、人間で睡眠中にどの程度の物質が、どのような経路で除去されるのかについては、まだ分かっていない部分があります。

睡眠が脳の恒常性の維持に関係することは重要ですが、その詳細な仕組みは現在も研究対象です。

では、なぜ夜になると眠くなるの?

ここまでは睡眠が必要な理由を説明しました。

では、私たちの脳は、どうやって「そろそろ眠る時間だ」と判断するのでしょうか。

重要なのは、睡眠圧と体内時計という2つの仕組みです。

睡眠圧:起きている時間が長いほど眠くなる

朝起きた直後は、それほど眠くありません。

しかし、起きている時間が長くなると、次第に眠気が強くなります。

このように、起きている間に睡眠の必要性が高まることを「睡眠圧」と呼びます。

睡眠圧に関係する物質の一つが、アデノシンです。

脳内のアデノシンの働きは、長時間起きていた後の眠気に関わると考えられています。

ちなみに、コーヒーに含まれるカフェインは、アデノシン受容体の働きを妨げます。

そのため、睡眠圧そのものを解消しなくても、眠気を感じにくくすることができます。

体内時計:眠る時間と起きる時間を調節する

もう一つ重要なのが、約24時間周期で働く体内時計です。

脳の視床下部にある視交叉上核は、体内時計の中心的な役割を担います。

目から入る光などの情報を利用して、外界の昼夜と体のリズムを合わせています。

例えば、朝に明るい光を浴びると、体内時計の調節に役立ちます。

一方、夜に強い光を浴びると、眠りにつく時間が遅くなることがあります。

睡眠圧が高まることと、体内時計が眠りに適した時間を示すこと。この2つが協調して、私たちの睡眠と覚醒を調節しています。

参考:NHLBI「What Makes You Sleep?」

オレキシンは睡眠とどう関係する?

ここで、2026年のラスカー賞で注目されたオレキシンが登場します。

オレキシンは、脳で覚醒状態を安定して維持するために重要な神経ペプチドです。

睡眠圧や体内時計が「いつ眠くなるか」に関係するのに対し、オレキシンは「起きている状態を安定して保つ」ことに大きく関わっています。

オレキシンの働きが大きく失われると、覚醒と睡眠の切り替えが不安定になることがあります。

つまり、私たちが眠る仕組みを理解するには、「眠らせる側」だけでなく、「起きている状態を保つ側」の仕組みも重要なのです。

詳しくは、こちらの記事で紹介しています。

2026年ラスカー賞の「オレキシン」とは? 柳沢正史先生の研究とアゴニスト・アンタゴニストの違い

睡眠の研究で、まだ分かっていないこと

睡眠が脳や体にとって重要であることは、さまざまな研究から明らかになっています。

一方で、未解明の問題も残っています。

例えば、なぜ睡眠には意識や外界への反応が低下する状態が必要なのか、記憶や脳内物質の調節に各睡眠段階がそれぞれどの程度必要なのかについては、研究が続いています。

また、なぜ人によって必要な睡眠時間が異なるのか、なぜ乳児は大人より長時間眠るのかといった疑問も、発達や遺伝、体内時計などが関係する複雑な問題です。

睡眠が重要であることは分かっていても、睡眠のすべてが解明されているわけではない。

この点こそ、睡眠研究のおもしろさの一つではないでしょうか。

関連する疑問

2026年ラスカー賞の「オレキシン」とは?

睡眠と覚醒を調節する仕組みを、オレキシンという脳内物質から説明しています。アゴニストとアンタゴニストが正反対の働きをする理由や、睡眠障害の治療とのつながりも紹介しています。

今回確認した資料