歌舞伎の隈取は、なぜ赤や青で描くの?
歌舞伎と聞いて、顔に赤や青の太い線を引いた役者を思い浮かべる人も多いでしょう。
この独特の化粧は「隈取(くまどり)」と呼ばれます。
単に顔を派手に見せるためではありません。色や線の形によって、その人物がどのような役なのかを観客に伝える役割があります。
シンプルな答え
歌舞伎の隈取は、役の性格や力強さを、離れた客席からでも分かりやすく伝えるための化粧です。
代表的には、
赤い隈取は、正義感・勇気・強さ
藍色の隈取は、大きな敵役や怨霊
茶色の隈取は、鬼や妖怪など人間ではない存在
を表します。
そのため、「赤い顔だから悪役」というわけではありません。むしろ歌舞伎では、赤い隈取が力強い正義の人物に使われることがあります。

隈取は、顔の筋肉や血管を大きく見せている
隈取をよく見ると、ただ好きな場所に線を描いているわけではありません。
日本芸術文化振興会の文化デジタルライブラリーでは、隈取について、もともと顔の血管や筋肉を誇張して表現するために描かれたといわれていると説明しています。
つまり、顔に太い線を加えることで、
怒っている
力がみなぎっている
普通の人間とは違う力を持っている
といった印象を、舞台の遠くからでも強く伝えられるわけです。
さらに、隈取は単に線を「描く」とはいいません。
筆で線を引いたあと、指で片側をぼかして仕上げるため、歌舞伎では隈を「取る」と表現します。
赤い隈取は「悪役」の色ではない
現代の感覚では、赤い顔を見ると「怒っている」「怖い」と感じるかもしれません。
しかし、歌舞伎の隈取では意味が少し違います。
代表的な赤い「紅隈(べにぐま)」は、
正義感
勇気
強さ
血気盛んな若さ
などを表します。
たとえば『菅原伝授手習鑑』に登場する梅王丸は、強い力を持ち、敵に立ち向かう荒々しい人物です。
梅王丸には「筋隈(すじぐま)」という代表的な紅隈が使われます。
顔に走る太い赤い筋によって、体の内側から力や怒りがあふれているように見せています。
青い隈取は何を表す?
一方、藍色の「藍隈(あいぐま)」は、代表的には
大きな敵役
冷酷な人物
怨霊
などに使われます。
赤が血の通った力強さを感じさせるのに対して、藍色には冷たく、不気味な印象があります。
たとえば「公家荒(くげあれ)」という隈取は、身分が高く、国を揺るがすほどの大悪人などに使われます。
白い顔に藍色の線を入れることで、普通の悪人というより、スケールの大きな恐ろしい存在であることを視覚的に示します。
茶色は鬼や妖怪の色
茶色の「茶隈(ちゃぐま)」は、
鬼
妖怪
精霊
悪霊
など、人間ではない存在を表すときに使われます。
『土蜘』の土蜘の精などが代表例です。
観客は役者が登場した瞬間から、
「普通の人間ではない」
と見た目で理解できます。
歌舞伎の化粧は、台詞を聞く前から人物についての情報を伝えているのです。
色だけを見れば役柄が全部分かるわけではない
「赤=善人、青=悪人、茶=妖怪」
と色分けされていますが、これだけで役柄がすべてわかるわけではありません。
隈取には色だけでなく、線の形にも多くの種類があります。
たとえば、
筋隈
一本隈
二本隈
むきみ隈
公家荒
景清の隈
などがあります。
さらに、一つの顔の中で赤と藍を組み合わせる場合もあります。
「景清の隈」では、顔の上半分に紅隈、下半分に藍色が使われます。
これは主人公・景清が勇猛な人物でありながら、長い牢生活で青白くやつれている様子を表したものです。
つまり隈取は、
色+線の形+役の設定
を組み合わせて人物を表現する仕組みなのです。
隈取と「荒事」は深く関係している
隈取を理解するうえで欠かせないのが「荒事(あらごと)」です。
荒事とは、荒々しく豪快な演技を特徴とする歌舞伎の様式です。
日本芸術文化振興会によると、元禄期の江戸で初代市川團十郎によって創始されたとされています。
荒事の主人公は、現実の人間よりもはるかに大きな力を持つように描かれます。
そのため、
大げさな衣裳
力強い動き
見得
隈取
などを組み合わせて、超人的な人物を表現します。
隈取だけが単独で生まれたのではなく、歌舞伎独特の「大きく、強く見せる演技」の一部として発達したと考えると分かりやすいでしょう。

歌舞伎は、最初からこの姿だったわけではない
現在の歌舞伎を見ると、男性の役者、女方、隈取、豪華な衣裳などが昔から一つのセットだったように見えます。
しかし、歌舞伎は女性の出雲阿国による「かぶき踊り」を起源とするとされ、その後、女歌舞伎や若衆歌舞伎の禁止を経て、成人男性による歌舞伎へ変化していきました。
その歴史については、こちらの記事で詳しく整理しています。
歌舞伎はなぜ男性だけで演じるの? 昔は女性が演じていた?歌舞伎そのものが時代とともに変化する中で、荒事や女方などの独特な表現も発展していったのです。
赤い隈取を見たら「味方」と考えていい?
赤い隈取=主人公の味方とは限りません。
文化デジタルライブラリーにも、赤い地色を使う「赤っ面」という化粧があります。
これは、大悪人の家来や手下で、乱暴な人物などに使われます。
つまり、
「顔に赤がある=正義」
ではありません。
重要なのは、どこが赤いのか、どのような隈が取られているのかです。
紅隈の基本的な意味と、顔全体の地色や隈の種類は分けて見る必要があります。
ここまで分かると、歌舞伎の化粧が単純な色分けではないことが見えてきます。
今回確認した資料
日本芸術文化振興会・文化デジタルライブラリー
「隈取」
隈取が歌舞伎独特の化粧法であること、血管や筋を誇張して表現するとされること、赤・藍・茶の基本的な意味を確認しました。
日本芸術文化振興会・文化デジタルライブラリー
「役柄と化粧|隈取|はじめての歌舞伎」
隈取の作り方、紅隈・藍隈・茶隈の役柄との関係を確認しました。
日本芸術文化振興会・文化デジタルライブラリー
「隈取の種類」
筋隈、公家荒、景清の隈、赤っ面、茶隈など、色と形を組み合わせたさまざまな隈取を確認しました。
日本芸術文化振興会・文化デジタルライブラリー
「荒事」
荒事が元禄期の江戸で初代市川團十郎によって創始されたとされることと、荒事の特徴として隈取が使われることを確認しました。